さみしい気持ち
誰かを好きになると、いつもさみしい。
人は孤独だということを実感させられる。
けれど、誰かを好きになったときに感じるさみしさというのは、どうしようもなく切ないかわりに、とても温かい。
ひえびえとしたさびしさではなく、じんわりと温かい。
会いたいと思っていても会える状況にないとき、僕は「会いたい」と言わない。
「会いたい」なんて言ったって仕方ないじゃないか、そう思えば冷静でいられる。
けれど不思議だ。
「会いたい」と口にしたとたん、たまらなく会いたくなる。
「キスして」と言われたとたん、どうしてもキスしたくなる。
言葉というものは、相手だけでなく自分にも暗示をかける。
口にしても仕方がないことは、だまっていたほうがいいのかもしれない。
でも今夜は、会いたい。
会えないと分かっていても、会いたい。
どうかしてるな今夜は。少し疲れてるんだろう。
飲み過ぎたのかもしれない。
酒を飲むと、不思議と気持ちがやわらかくなる。
日々の生活のなかで知らず知らずのうちにたまっていく生活のオリのような、しがらみやプレッシャー。
アルコールは、体の中から心のオリと混ざり合い、少しだけその濃度を薄めてくれる気がする。
本当は甘いのに、冷たさのせいで甘く感じられないアイスクリームにかける温かいチョコレートファッジのように。
冷たい甘さと、温かい甘さ。
舌の上で冷たさが甘さをひきたて、甘さが冷たさを否定して、両者はからみあい溶けていく。
アルコールに柔和されて少しだけ柔らかくなった僕の心は、素直に自分と向き合うことができる。
冷静な自分から少し感情的な自分へと、ゆっくり気持ちが動き出す。
そして誰かを思い出して心さみしくなる自分の、甘く温かい気持ちにホッとする。
冷たさから温かさへ、むなしさからさみしさへ。
本当は僕はむなしいんじゃないんだな、さみしいんだ。
むなしさは、人を拒絶する。
さみしさは、人を求める。
僕は今夜、君に会いたい。
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