告白
会社は、定時に終わった。
僕の仕事はミスをしないことが最も大切とされるルーティンワークで、
それは今の僕にとっては都合がよかった。
でもふと、そういう一日が物足りなく感じて駅前にできたシネコンへ映画を見に行くことにした。
映画は夜見るに限る、と僕は思う。
エンドロールが上がった後、映画館から出るのが嫌なのだ。
人々のかん高い笑い声が僕を一気に現実に引き戻してしまう。あの時の気持ちの切替えがどうもうまくいかない。
もう少し映画の余韻に浸っていたいのに、明るい陽の光と人々のざわめきが否応なしに僕の余韻に侵入してくる。
だから可能な限り、僕はじっと席に座って映画のワンシーンをエンドロールに重ねあわせ、フラッシュバックさせている。
それにしてもこの映画館、エンドロールが始まると同時にあっというまに出口へ急ぐ人の列ができる。
この日も場内が明るくなったときには、僕と若いカップルが2組、中年の男が1人、それしか残っていなかった。
けっこう見ごたえのあるいい映画だったんだけどな。
これには駐車場の問題もあるらしく彼等を責めることはできないが、もったいなことするな。と僕は目を閉じた。
映画館を見た後、時々一人でバーに行く。
客の少ない、少しさみしくなるくらい静かで趣味のいいバーだ。
趣味がいいというのは、音がしないのだ。ここは僕の思考をさまたげない。
僕は音にうるさい。
気に入らない音楽がかかっているくらいなら無音のほうがいい。そう思っているのは多分、僕ひとりに限ったことではないだろう。
それなのに、こんなふうにお酒が飲める場所を僕はあまり知らない。
僕は、口数の少ないバーテンが作る、少しくせのあるジンロックをゆっくりと口に含んだ。
「僕、君のことが好きになったかもしれない。」
静かな店で、その言葉はあまりに唐突にひびいた。
私は、めずらしくその先に会話に耳を傾けようと思った。
人の告白の場面というのは、全然関係のないこちらまで少しどきどきしてくる。
「どうして?」
女は、あっさりとすぐに聞き返す。
「どうしてって、好きになったんだ。」
「いつ?」
女はまたすぐに聞き返す。
「たった今だよ。」
男は真剣だ。
「どうして?」
訳が分からないといった戸惑いを女は初めて見せた。どうやら本気で男の気持ちを聞く気になったらしい。
「理由なんかわからないよ。」今度は、男が戸惑いだした。
「人を好きになった理由がわからないなんて、いいかげんな人ね。」
「人を好きになるのに理由が必要なのか。」
「そうよ。だって、そうじゃなきゃ誰でもいいかもしれないじゃない。」
「誰でも、いいわけないだろ。」
「だったら、どうして。」
どうして女は何にでも理由を欲しがるんだろう。
全ての女がそうではないが、とかく女は「どうして」が多い。
人を好きになるのに、はっきりした理由なんてあるだろうか。
無意識の「好意」に意識がやっと気づいたとき、意識はそれを勝手きままに定義する。
無意識の「好意」を最も単純に純粋に解釈すると、それは「好き」という感情になる。
そして無意識の「好意」をもっと複雑に多角的に解釈すると、それはあこがれになったり、友情になったり、親愛になったり、親心になったり、母性になったり、尊敬になったりする。
時に、意識とのギャップがあまりに大きい場合には、その感情を素直に受け止められず、気の迷いかな、と記憶の奥底に放り投げられたりすることもある。
ゆっくりと思い出すように、男は「好き」の理由付けを始めた。
「君と会うのはこれで4度目か。君の言葉は僕の感情にリンクするんだ。
うまく表現できないけど。例えばさっきの言葉もそのひとつ。で、それがたぶん10個目。10個っていう数字が、僕の場合は好感から恋愛感情までの境目だったんだよ。」
「ふうん、10個か。簡単だね。」
「いや、簡単じゃない。簡単じゃないよ。」
世の中の誰かが言った言葉が、自分の気持ちや感情とリンクする瞬間がある。
しかも、その言葉を目の前で聞いた瞬間の気持ちよさは、うっとりとするような快感に近い。
しかし、それはそれほど多くは訪れない。
だからその快感から恋に落ちることだってあるだろう。
「私が言っているのは、どうしてそれが恋愛に結びつくのってこと。
もし同姓だったらどうなのよ。多くの場合恋愛には、ならないわね。あなたの場合、恋愛をしたいっていう気持が根底にあるのよ。そういう深層心理が、ただの「好意」を好きという感情にまで押し上げてるだけよ。」
男は、ぷっつりと押し黙ってしまった。
恋愛をしたいって思う気持ちは、大事だよ。
好きに理由付けをするような女なんんてほっとけよ。
僕は、
ふぅっと大きくひとつため息をついて席を立った。
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