はままつ★みちゅらん
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死の意味


毎日毎日、多くの生物が死んでいく。死は現象であり、事実でありそれ事体に重みはない。
それが正直な感想だ。

ゴッドファーザーはすばらしい映画だと思う。
あの映画が名作である理由はたくさんあるけれどここには「死」の意味付けがある。
この映画には無駄な死がひとつもない。それは、すばらしい映画の定義のひとつだろう。死んだ人物の名をあげろといわれたらすべて言える映画だ。すべの「死」に理由がある。それも仕方のない死だ。

それなのに人はあの映画を「いっぱい人が死ぬ 」という。マフィアの世界だから。ハリウッド映画では名もなき人たちが一度に、大量に、無意味に殺されているというのに。
すべてのハリウッド映画を批判するわけではないが、場を盛り上げるため、ストーリーのため、迫力をつけるため、恐怖を引きずり出すため「死」は利用されている。それだけのために人を殺す。
それこそ人の命をなんだと思ってるんだ。
人が簡単に死ぬ ということの切なさ、不条理、人の命の重さ、そして軽さ。
そういうものがあの映画からは、きちんと伝わってくる。

僕は幼い頃から「死」が恐かった。
僕にとって「死」は悪いことであり、人間の「生」よりも意味を持つような気がしていた。でも、おそらくそれは誰かが死ぬということがこわいのではなく、死という現象がこわかっただけだろう。
生物が死ぬ時に起こるさまざまな現象、体から血が吹き出す、体がバラバラになる、呼吸が停止する、体が冷たくなる、固くなる、そして腐敗する。そういう気持ち悪さ、恐怖感。
僕はたぶん現象としての「死」を見るのがこわかったにすぎない。

今、「死」は悲しいものだけれど恐いものではないと思う。
「死」は何も奪わない。「死」は何も終わらせない。 「死」は生命にとって必要な受け入れるべき運命だと思う。 そして、やっぱり「死」それ事体に意味はないのだろう。
それでも「死」は人間にいろいろな意味を与えてくれる。人間の想像力に限界があることを教えてくれる。失わなければ気付けないものがあることを教えてくれる。失うと見えてくるものがあることを教えてくれる。
その命、存在の意味を深く知ること。それが死の重みだ。

人は、死から逃げることも抵抗することもできない。
受け止めることさえできないかもしれない。
ただ人間だけができること。
死に意味を求め、意味を与え、死から何かを学ぶことができる。そして生きていくことができる。

身近な存在を失って、初めて「死」の意味を実感している。

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