はままつ★みちゅらん
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戦争と人肉

 

第二次世界大戦が終わっても、原爆投下直後の町は、すべてがモノクロの世界だった。
わたしの顔は半分焼け焦げ、妹もまた同じように顔のほとんどが焼けただれていた。

わたしたちがその時考えたのは、食べ物を探すことだった。
どこを歩いても目に映るのは一面の灰色の世界で、灰色の大きな小さなすすが、黒い雪のようにざらざらと舞い散る町を、私は妹の小さな手をぎゅっと握りしめてうろうろとあてもなく歩きつづけた。
きなくさい土と灰がこびりついた妹の小さな手は、時々するりと私の手からすべり落ち、その度に私は妹にごめんねと呟いた。
「ごめんね」
わたしが妹に言える言葉は、これしかなかった。

どれだけ歩いたのか。
肉体的な疲れを感じることがなかったから、私には分からない。
ほとんどの建物が焼け落ち、崩れてしまっていたため、私たちの目の前を塞ぐものは何もなかった。
どこまで歩いてもこの世界から逃れることは出来ないのだと、それでも歩くことしか出来ないのだと、私たちは押し黙ったまま歩きつづけた。

やがて空腹のために歩いていることすら忘れてしまったころ、廃屋のような掘建て小屋が見えた。
すべてが平面化した世界で、その建物だけが立体という形をかろうじて保っていた。
その店は洋食屋なのか、魚屋なのかよく分らないにおいがした。
そのにおいに軽い吐き気を覚えつつ、それでも私の本能は食べることを欲した。
やっと何か食べられるかもしれない。そのお店を見つけたことが、うれしかった。

私たちは、そこで「人間の男の子の丸焼き」を注文した。
それしか、なかったのだ。
迷いはなかった。
それしか、なかったのだ。

でてきた皿には、人間の姿そのままの男の子が仰向けに死んでいた。
がたがたとした平べったいお皿のうえで、長さ15cmくらいのさんまの塩焼きのように

死んでいた。
Tシャツと青いジーンズ生地の短いずぽんを履いた人間の男の子のミニチュア。
その時わたしは、はじめて人間らしい感情を取り戻した。食べたくないと思った。

食べるのがこわかった。でも、食べないと私たちは死んでしまう。
箸でそっとつつくと、かわがべろりとむけた。服ごと人間の皮がむけた。
まるで蒸したさかなの皮がぺろんとはがれ落ちるように、本当に綺麗にはがれた。
うなぎの皮と身の境目のような食感だった。 くちゃくちゃとして生臭く、そして味がなかった。
私たちは一言も話さず、静かに息を殺して皮と身が分かれてしまった人間の肉体を食べた。
どうしてこんなものを、どうしてこんな目に遇わなければいけないのか。
戦争なんか、したくないのに。

こんなモノまで食べて私たちは生きていかなければいけないのだろうか。

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